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細部を見逃さないリーダーシップ 組織の急所に資源集中 ~キムら著「ブルー・オーシャン戦略」(3)
 
慶応大学ビジネススクール教授 清水勝彦
 
2013/7/2 この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。
 
 どんなにすごい戦略も実行されなくては意味がありません。逆説的ですが、「ブルー・オーシャン」戦略が必要な企業ほど古い市場の考え方、これまでのやり方に凝り固まっており、せっかくのいいアイデアを生かせないことが多いのです。では組織を率いるリーダーはどうしたらよいでしょうか。
 
 最も大切なのは「資源の少なさや抵抗を言い訳にしないこと」です。組織改革にしても新しい戦略の実行にしても、抵抗があるのは当たり前。できない言い訳にしてはなおさらだめです。キム教授らは4つのハードルがあるといいます。(1)意識のハードル (2)経営資源のハードル (3)士気のハードル (4)抵抗、政治的なハードル――です。
 
 そうした4つのハードルを乗り越えるのがティッピング・ポイント・リーダーシップです。それは「どのような組織でも、一定数を超える人(一般に2割などといわれます)が信念を抱き、熱意を傾ければ、そのアイデアは流行になって広がっていく」ことを認識し、「拡散でなく集中」を考えるリーダーのことです。
 
 1994年にニューヨーク市警本部長になって治安を劇的に良くしたビル・ブラットンが分析されています。最初の成功要因は数字ではなく現実を肌で感じさせたことです。例えば、数字を振りかざす市警の幹部に実際に地下鉄に乗らせました。次に小さな犯罪を見逃しませんでした。さらに重点領域に資源を集中し、影響力の強い中心人物に徹底して働きかけました。当事者の行動が目立つようにし、目標を細分化し具体的な目標に落とし込むことなどにも取り組みました。要は「組織の急所」は何かを見つけ、そこに集中するということが大事です。
 
 根本にあるのは、細部を見逃さないことと、抵抗を恐れないことです。そして、抵抗とは、リーダーの本気度を試すリトマス試験紙の別名であることも忘れてはなりません。
 
>> ケーススタディー ブラットンが着目した小さな“急所”
 
ケーススタディー
 
ブラットンが着目した小さな“急所”
 
 1994年にニューヨーク市警本部長になって治安を劇的に良くしたビル・ブラットンが成功した要因の一つとして、小さな犯罪を見逃さなかったことを先にあげました。それは1982年に犯罪学者のウィルソンとケリングによって発表された「Broken Windows(割れ窓)理論」の実例として位置づけることができます。
 
 「Broken Windows理論」を直訳すれば、「空きビルなどの窓の1つが割られてそのまま放置されていると、そのうちにそのビルすべての窓が割られる」ということです。その意図することは「小さなこと」、ここでは「1つの窓が割られたまま放置されている」ということが、そこに住んでいる住民、通行人、そして不良の集団に「サイン」を送っているということです。
 
 つまり「1つの窓が割られたまま放置されている」とは、ビルの持ち主も、ひいてはその周辺の住人も「窓が割れてもかまわない」「他人のことなんてどうでもいい」と思っていることを示しています。多くの場合、その結果は単にそのほかの窓がすべて割られるだけにとどまらず、その地域全体の犯罪率の上昇など居住環境の加速度的な悪化につながります。
 
 日本でも、例えばチリひとつないところでは汚すのははばかられます。逆にあちこちにごみが落ちているようであれば、わざとではなくても落としてしまった紙くずを拾おうという気持ちがなかなか起こらないということはあるのではないでしょうか。
 
 おそらく本書で取り上げられているビル・ブラットン本部長以上に有名なのが、同じころ市長を務め、後に9・11の同時多発テロ事件のときの指揮を執ることにもなるルディ・ジュリアーニ氏の「落書き対策」でしょう(これは次のブルームバーグ市長にも受け継がれます)。
 
>> ささいな間違いを「大目に見る」組織の末路
 
ささいな間違いを「大目に見る」組織の末路
 
 このパートは2003年にハーバード・ビジネス・レビュー誌に発表された「Tipping Point Leadership」がもとになっていますが、その3年前に出版されたマルコム・グラッドウェルのベストセラー「The Tipping Point」に多くをよっています。
 
 そこで何度も取り上げられているのは、大きい問題に対して、大きく取り組むのではなく、「サイン」を出すことが重要だということです。地下鉄の無賃乗車と落書きをなくすことが、「犯罪」に関する認識を(犯罪者、市民ともに)大きく変え、それが治安の大幅改善につながっていったのです。
 
 ここで考えてみたいのが「誰にでも間違いはある」という、よく聞くフレーズです。これは実際そうだと思いますし、テストにしろ、仕事にしろ、よほど慎重な人でも間違えたり、失敗してしまったりすることはあるでしょう。だから、厳しく罰することは良くない、次のチャンスを与えるべきだということになります。「大目に見る」という言い方もあるくらいです。
 
 注意しなくてはならない点は2つです。1つめは、ある「失敗」「ルール違反」を大目に見ることが、その本人はともかく、その他の社員あるいは顧客にどのような「サイン」を送っているかということです。例えば、どこの会社にも時間にルーズな社員はいるでしょう。他の社員に対しては「時間厳守」を求め、しかし「彼は営業成績がいい」からといって一部例外を作れば、「成績がよければ時間を守らなくても良い」といっているのと同じです。そして、そのサインは「成績がよければ何をして良い」と拡大解釈されても不思議ではありません。
 
 もう1つは、「大目に見る」のは、失敗した本人のためではなく、それを指摘し、叱責する立場にある上司が自分のために行う場合があることです。部下に小言を言ったり、悪い評価をつけたりすることは、楽しいことではありません。嫌われてしまうかもしれません。「人材育成」「業績」を名目に、本来上司がすべきことを避け続けていれば、その組織がどうなるかは想像に難くありません。甘え、ルール違反が跋扈(ばっこ)し、本当に仕事をしたい人たちは離れていくでしょう。
 
>> 「ゆずれない一線」の有無でわかるリーダーの器量
 
「ゆずれない一線」の有無でわかるリーダーの器量
 
 「Broken Windows理論」では、「小さなこと」が結果としてより深刻な問題の引き金になることから、どんなに小さな犯罪、ルール違反に対しても厳しく対処する「Zero tolerance(しんしゃく無用)」の重要性を指摘します。この「Zero tolerance」はいろいろなところで使われ、例えばテキサスでは(おそらく他の州でもそうだと思いますが)、中学、高校で暴力によるけんかは先生に見つかれば一発退学です(米国では高校まで義務教育ですので、他の高校に行くことになります)。
 
 「厳しすぎる」という意見はあっても、「小さなルール違反に、あえて厳しく対処する」ことで、本人だけでなく、その他大勢に、そのルールの大切さを強く訴えるのです。「ゆずれない線」をいったんゆずってしまったら、あとはどうなるか。結果は明らかだと思います。人間は完全なものではなく、間違うこともあります。だからこそ、気を抜いてしまってはいけないのです。それを死守しなくては、組織のアイデンティティーが成り立たない一線というものがあるのです。
 
 小さいことにこだわるのは、「ケチ」だとか「小心」だというふうに受け取られがちなので、「細かいことは気にしない、豪胆なリーダー」が人気を集めます。しかし、本当にそうでしょうか。実は「豪胆」ではなく、「粗雑」なだけではないかと疑ってみることも必要です。そして、単に「細かい」のではなく、「ゆずれない一線」を持っているかもしれないということも。
 
 (注)本パートは、一部拙著「経営の神は細部に宿る」を参考にしています。
 
 
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清水勝彦(しみず・かつひこ)
慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネス・スクール)教授
 
1986年東京大学法学部卒、94年ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、コーポレイトディレクション(プリンシプルコンサルタント)を経て、2000年テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D.)。同年テキサス大学サンアントニオ校助教授、06年准教授(テニュア取得)。10年から現職。近著に「実行と責任」「戦略と実行」(日経BP社)などがある。

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